大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和32年(行)20号 判決

原告 西村和一

被告 国

訴訟代理人 今井文雄 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者の申立)

原告は請求の趣旨として、「被告の通商産業大臣が関西電力株式会社に対してなした同会社石井発電所許可処分の無効であることを確認する。」との判決を求めた。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案の答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(原告の請求原因事実)

原告は、昭和二十七年七月二十四日被告の通商産業省大阪通商産業局長に対し金ほか三鉱物の鉱業試掘権設定申請をし、昭和三十年三月十八日付を以てその許可決定を受け、同年四月二十一日右試掘権の登録(兵庫県試掘出権登録第六二三三号)を経由したものであるところ、被告の通商産業大臣は、右原告の申請受理より許可に至るまでの間において、訴外関西電力株式会社の円山川水系広井発電所の建設を昭和二十八年十月石井発電所の建設へ変更することの許可申請を受理し、これが許可処分をなしたものであるが、右許可処分は左記の理由により無効であるから、その無効確認を求めるものである。即ち、

(一)  右の許可を求める訴外会社の申請は、原告の試堀掘設定申請より後れて出願されたものであり、しかも右申請の計画が許可されるにおいては、原告がすでに出願中の鉱区の区域内を延長一八〇〇米にわたり、トンネル式墜道を掘鑿できるもので、これがために原告の鉱区は分断され、また鉱業法第六四条の採掘制限により、物理的、法律的に権利内容である試掘の実施は不能に陥る(果して、これがために、原告の試掘権許可には附款が附されて制限を受けた)こととなるので、かような他人の先願した権利(この出願は鉱業権の設定を受けるための行為であるから、それ自体一種の財産権である)を侵害するような内容を持つ後願の許可申請をその権利侵害を予見しながら、かつその権利の発生を、出願後二年八ヶ月の長期間にわたり設定許可を留保乃至拒否することによつてこれを阻止し、他方において一電力会社に利得を与えるという違法な動機に基いて、その許可を与えたことは、鉱業法第二七条の認める先願主義に反し、又公益の目的に背いて為されたという理由で違法であり、当然に無効なものである。又、この許可処分によつて、第三者である原告の権利侵害を無償で容認する点において、憲法第二九条に違反し、同法第九八条により無効とされるものである。

(二)  本件許可処分がなされた準拠法であるとする電力国家管理に関する法律は、水利権その他の財産権の無償侵害を目的とするものであるから憲法に違反する法律で、従つてこれに拠る処分は無効である。よつて、請求の趣旨通りの判決を求めるため、本訴に及ぶ。

(被告の答弁事実及び抗弁)

一、原告主張事実によれば、原告の有すると主張する金ほか三鉱物についての鉱業試掘権は、昭和三十年四月二十一日登録手続を経由したというのであるから、右主張によれば原告の試掘権は、登録の日から満二年を経過した昭和三十二年四月二十一日を以て、その存続期間満了の事由により、消滅に帰した(原告は鉱業法第一八条第二項に基く延長申請をしていない。)ものである。

そうすれば原告は現在原告主張の鉱区につき何等の権利を有せず、原告が無効確認を求める行政処分は、原告の現有権利を侵害することは有り得ないから、原告は右行政処分の無効確認を求める訴の利益を有しないこととなつて、本訴は不適法であり、その欠缺は補正できないから、訴は却下せらるべきものである。

二、本案の答弁として、原告主張事実中、原告がその主張の日にその主張の如き試掘権の設定出願をし、その許可を受け、登録手続を経由したこと、被告の通商産業大臣が、関西電力株式会社に対し、許可処分(これは公益事業令第三〇条による供給施設概要の変更の許可処分で、昭和二十八年五月三十日許可申請、同年八月十四日同令第六〇条第二項の聴問手続、同年十月十日許可されたものである)がなされたことは認めるが、これがため原告の試掘実施が不能になつたこと及び原告の試掘権許可に附款が附されたことは否認する。原告主張の関西電力株式会社に対する行政処分は、実体上、手続上何等の瑕疵のない適法な処分である。右許可申請に対し、さきに原告主張のような試掘権設定出願があつても、この事由は、公益事業令その他の法令又は行政法理上からも、何等許可をしてはならない場合に該当しない。即ち、仮に原告の主張事実通りとしても何等本件行政処分の無効原因となり得ないものである。よつて本訴には応じ難い。

(被告の抗弁に対する原告の主張事実)

仮に原告の試掘権(期限延長申請をしていないことは認める)が存続期間の満了により消滅したとしても、原告は、昭和三十二年四月二十二日、大阪通商局長に対し、前出願と同一要件を以て試掘権設定の再出願を為し、右出願は同年同月二十七日受理せられた。よつて、過去において侵害され、又は将来新たに侵害されんとする権利の救済を求め得る点において、本件行政処分の効力を争う法律上の利益を有する。

証拠関係〈省略〉

理由

原告が兵庫県下において、金ほか三鉱物についての試掘権(その鉱区の範囲等詳細な権利内容についてはしばらく措き)設定の許可を受け、昭和三十年四月二十一日その設定登録を経たことは、当事者間に争いがない。被告は、右試掘権はすでに消滅したので、原告は本件行政処分の効力を争う法律上の利益を有しない旨抗弁するので、審按するに、およそ試掘権が登録の日より二年の存続期間を有するのみであることは鉱業法第一八条の定めるところであり、原告はその主張する試掘権につき、右期間を越えてそれが存続することにつき何等の主張、立証をしないから、原告主張の試掘権は昭和三十二年四月二十一日の経過により、すでに消滅し、原告は現在もはや試掘権者ではないといわねばならない。よつて原告が試掘権者であることを前提とする一切の主張は、すべて理由がない。次に、原告は、右試掘権と同様の権利の設定を再出願したから、本件行政処分の効力の有無につき法律上の利益を持つと主張するので按ずるに、原告が昭和三十二年四月二十二日、前同様兵庫県下(城崎郡日高町地内)において、金ほか三鉱物についての試掘権設定出願をし、それが受理されたことは、成立に争のない甲第一号証によつて明らかであるがかような試掘権設定の出願をなしたに止まる者の地位は、単に将来、試掘権の設定許可を受けこれにより実体的にも試掘権者となり得る可能性を持つという一種の期待権的なものを有するに止まり、固より現に試掘権を有する者の地位と同視し得ないことはいうまでもない。ところで、原告が本訴においてその効力の有無を争う目的物たる行政処分は、被告の通商産業局と訴外関西電力株式会社との間の処分であつて、この処分に対する関係においては、原告は第三者たる立場(原告は、自己の試掘権の設定許可の遷延についてしきりに云為するが、この点は本訴の請求原因事実に何等直接の関係を持たない。)に立つものといわねばならないが、およそ、他人間の行政処分の効力を争い得るがためには、その処分の効力を失わしめること(無効確認又は取消変更)につき、具体的な利益を取得し得るもので、しかもその両者の間に相当な因果関係を有するものでなければならないと考えられるところ、原告が当初において主張する試掘権者としての地位は、すでに過去のものとなり、本件行政処分によつて現に、現有の権利を侵害されているものではないから、右過去の侵害の原状回復を他の方法によつて求めるのは格別とし、直接右行政処分自体の効力を争う法律上の利益はこれを有しないものと見なければならない。次に、原告が主張する試掘権設定出願者としての地位について見るに、一般にかような試掘権取得の能否すら未定の者の有する地位は、同種の権利の出願者との間では一種の優先権的な地位を有するとしても、それ以外の関係、特に、当該鉱業権についての行政処分関係者以外の他人に関する関係においては何等の意味も持たない(即ち先願主義の適用は問題にならない。)から、その地位自体を以て、他人間の行政処分の効力を争い得る利益を有するものとは解し難く、これは結局、その地位を媒介として将来取得する見込のある鉱業権の権利者たる地位を以て、係争の利益の有無を検討すべきもの(原告の主張の全趣旨も、この様な意味に解せられる訳であるが)というべきところ、かような関接的な、しかも前述のような既得権的な地位はこれを以て他人間の行政処分の効力を争い得る者の地位としては、この抗争により獲得し得る利益との間に因果関係の相当性を認めることが困難である(これを容認することは、自己の保有し得るか否かゞ不確実な権利を以て、他人間の現存する権利関係に関渉する結果となる)上に、本件行政処分のなされたと主張する昭和二十八年十月当時においては、原告は元の試掘権を有していたに止まり、後の試掘権設定出願者たる地位は勿論これを有していなかつたのであるから、この後の地位を取得したことにより、さきの行政処分の効力を争う法律上の利益は既得権を害された場合よりも一層稀薄になる訳であり、さらにまた、原告が取得する可能性のある権利たる試掘権は、鉱業法第三五条、第五三条等の規定により、その内容及び行使の方法において、当然公共用施設たる電力発電所設備のために制約を受くべきものであり、従つて、予め双方の権利の衝突は回避せられる可能性があるから、原告が完全無欠な試掘権とその行使の利益を主張することは甚だ早計であり、同時に著しく具体性を欠くものといわねばならない。これを要するに、行政処分がなされた後に至り、その行政処分によつて附与された権利の実行により影響を受ける土地の上について、単に鉱業権設定の出願をなしたに止まる者でその行政処分の第三者たる立場を有するに過ぎない者は、かゝる行政処分の効力を争うがための相当な具体的利益を欠くものといわねばならない。果してそうであるならば、原告の請求はその余の内容の点について判断するまでもなく、確認の利益を欠くものとして、これを失当として棄却すべきであるから、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 松本保三 右田堯雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例